南無阿弥陀仏を唱えよう

主に浄土宗系(浄土宗、浄土真宗、時宗)のイメージですが、真言と言っても良いと思います。

真言、つまりマントラなので気功的な作用もありますが、今回は南無阿弥陀仏という意味について

∞へ帰依します

というのが直訳だと思います。

帰依というのは馴染み深すぎて実感がわきにくいかもしれませんが、帰る、そして依りかかるというのがそのまんまです。

那須行英という人の歌に、

恥ずかしや 親に抱かれて親探し くたびれはてて 親のふところ

というものがありますが、まさにこんな感じです。

 

 

キリスト教の放蕩息子の話でも同じようなことがあります。

放蕩息子のたとえ話(Wikipedia)

 

つまり我々にはできることなどない、ということです。

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